ラッパ吹きといえば、トランペッターのこと
トロンボーンは、トロンボニスト・・・トロンボーナー とは言わないなぁ。
バイオリンは、バイオリニスト・・・・これもバイオリナーといわない
ビオラもチェロもベースもそう・・・・
有名なトランペッターは大勢いる。
JAZZの巨人といえば、マイルス・デイビス。自身のレコードは決して買わなかった?? 集めていなかったそーです。
中でもハイトーンヒッターで名を馳せたのが
メイナード・ファーガソン
彼の場合は、エンターティナーの要素もふんだんです。彼は、自分のバンドを持つ前は、ウディ・ハーマンのところでリード・トランペットをやってた。とくにセカンドハード時代は、自身の弟子ともいわれるビル・チェイスをセカンドに据えていたのは有名。
このビル・チェイスですが、後に独立し「CHASE」というトランペット5本使ったBrassRockバンドを結成し人気を得た。ただ、「Get it On」(黒い炎)というヒット曲を残してすぐに飛行機事故で亡くなってしまう。惜しい。
このウディ・ハーマン・オーケストラは、ファーストハード、セカンドハードとスタイルを変えながら戦前、戦後のビッグバンド業界には大きな影響を及ぼした。ビッグバンドといえば、デューク・エリントンやカウント・ベイシー、サド・メルも有名だが・・・・
宮間俊之とニューハードは、ファースト、セカンド・・・そして、その続きでニューハードと命名した。
私はこのビッグバンドのファンで、よく聴きに行った。当時のブラスセクションは、全員CONNという米国メーカのコンステレーションというクロムメッキバージョンを使っていた。よく音が揃っていてビューティフルでしたね。迫力もあったし。パツラ(トランペットのこと)のマウスピースは、パービアンスの「4*D4」を使っていたとか・・・・
このバンドは、4番トランペットがハイノートを演奏することになっていたという特徴を持っていました。
話がそれましたが
その後、猪俣猛というドラマーが作ったバンドが「ザ・サード」。
ファースト、セカンド、そしてサード。う~~~~ん。これもいいバンドでした。
高橋達也と東京ユニオン、森寿夫とブルーコーツ・・・・豊岡豊とジョーク・エリントン、スマイリー小原とスカイライナーズ、ニューブリード・・・・小島宏之とダイナブラザーズ・・・関係ないか。(笑)
サッチモのコピースト南里文雄、日野皓正、ニューハードの羽鳥幸治・・・・日本にもイッパイいたなぁ。
六本木のLAMPという店で吹いてた名前を失念した。サッチモのコピースト。
一度「ディッパーマウス・ブルース」をリクエストしたら顔がわなわな震え出し・・・・「し、しってんの?」というから、「25cmLPで持ってる」といったら、大慌てでバンドには「Cのブルース」と言ったきり、即、吹き始めてしまった。
よっぽど嬉しかったんだ。
きっと、つまんねぇ曲ばかりリクエストされてたんだろーなぁ。覚えていないのは名前を聞かなかったのかもしれない。難しい曲だし、こんなに上手く吹くラッパは、そうそういるもんじゃないなぁ、と思ったっけ・・・・
大昔、友人のラッパ吹きにシルキーのラッパを世話した。これが米国から直輸入物で、とてもいい。
当時のシルキーは、ビンセント・バックの牙城を崩す存在だった。ジャズ、クラシック問わず皆に気に入られた。
だが、初期のバックと同様、組み立て工場であり、部品はヤマハや他から購入していた。だからわがままも言えたのかもしれない。
ビンセント・バックは、当初マウスピースから始め楽器はドイツの3社ほどからベル部分(朝顔と言い、開いたところ)をOEM供給受けていた。これがまたいい音なのです。
ニューヨークの二番目(BRONX)と三番目(Mt.Vernon)のショップで作られていたこれらのものを、特に「ニューヨーク・バック」と呼び、マニアの垂涎の的となっている。今でも高値で取引されている。また、ブラス楽器の耐久性の基準ともなっているらしい。そろそろ100年だ。
話がそれた・・・
彼がシルキーを使いつづけたのは、よほど気に入ったからかもしれないが、もう一つ、会う度に有名な誰某さんから、「譲ってほしい」とか、あっちからも「取り替えてくれ」と言われたと嬉しそうに話していた。人が羨むほどの楽器を使っている優越感かもしれない。シルキーもやがてはバックと同じようになるだろう。
彼とは年に一度くらいのペースで一緒に演奏もした。そのパツラももう、一人娘に譲られたことだろう。
亡くなって一年。


by edwalker
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